【 秋の京都・奈良観光3日目最終日 】
3日目最終日の観光目的地は二条城と清水寺
朝はゆっくりしたスタートでホテルを遅めにチェックアウトして
二条城に向かいました。
二条城は徳川幕府の始まりと終焉の地なので一度は訪れたいと思ってました。
【 世界遺産の二条城 】
正門
二条城正門
床がキュッキュッと鳴く「鴬張り」の二の丸御殿
大政奉還した二条城
- 1867年(慶応3年)10月14日、江戸幕府15代将軍徳川慶喜が政権を朝廷に返上することを申し出て、翌15日に朝廷が許可し、江戸幕府の幕は降ろされました。これを日本史上、大政奉還と呼んでいます。
- 徳川家康が朝廷から征夷大将軍を宣下されて以来、政治の大権を天皇から徳川家が預かる形で、日本の統治者として君臨してきましたが、幕末、薩摩藩と長州藩が同盟を結んで討幕運動を始め、土佐藩からは慶喜に大政奉還の意見書が提出されました。それを受けて慶喜は、10月13日、二条城二の丸御殿大広間に、在京していた40藩の重臣を集めて意見を聞き、翌々日、大政奉還が成立したことで、一旦は討幕の動きは弱まりましたが、やがて江戸無血開城へと至りました。
大正天皇即位の大典
大正4年(1915年)、京都御所の紫宸殿で、大正天皇の即位の儀式が行われ、その後の饗宴が二条城で開かれました。この一連の行事のことを「大正大礼」と言います。饗宴には皇室関係者、各国の要人や総理大臣が招かれ、当時、天皇の別荘として利用されていた二条城で、新たな天皇の即位を華やかにお祝いしました。饗宴のために様々な建物が新築されましたが、直後に移築または撤去され、現在は南門だけが残っています。
二条城HPより
天守閣跡よりの眺め
【 清水寺 】
京都観光といえば清水寺ですね。
「清水の舞台から飛び降りる」という諺があります。
切り立った断崖に張り出している清水寺本堂の舞台から飛び降りるほどの覚悟で物事を実行する決意をあらわした言葉です。清水寺の舞台が、古くから高層建築物の代名詞として日本国中に普及していたことがうかがえます。これは、清水寺が観音霊場として庶民から篤く信仰され、親しまれていたため。「清水の舞台」は今も昔も知らぬ人のいない名所なのです。
清水寺HPより
屋根工事に為、体育館のようになっていました。
下からの眺め
音羽の滝
バスで京都へ
秋の京都旅行は終了です。
紅葉がきれいでした。
京都を効率よく回るにはバスをうまく攻略が必要です。